そのミチのヒト

キノマド|スクリーンの光がまちと人の体温をほんの少し上げる ——田口さんが映画の前後に生みだす温かい言葉の余白

投稿: 2025-10-10

田口さんは、苫小牧で生まれ育ち高専から工業大に進学。その後は東京でエンジニアに。学生時代に出会ったミニシアター文化に魅了され、映画の多様性と場の力に心を動かされたといいます。20代後半で北海道にUターンし、地方の映画館運営に関わるなかで、映画を“観せる”側の面白さを実感。
2014年から自主上映を始め、10年を経て2025年に個人事業として「キノマド」を本格始動させました。

キノマドのスタイル——批評ではなく、感想を添える

田口さんの上映会では、作品の前後に必ずトークの時間があります。そこに強いこだわりを感じます。

「専門家の批評ではなく、個人の“感想”に留めたいんです。最初にどう観たら楽しめるか?という補助線を引いておきたい。『これは笑っていい映画です』って最初に言うだけで、会場の空気が和らぐことがあるんですよね」

観終わったあと、「感想を言葉にする」ことに慣れていない人は意外と多いそうです。
だからこそ、田口さんはあえて自分の感想を先に話します。

「僕の感想に対してピンとこなければ素直にそう言っていいと思っていて。自分が感じたことを言葉にするって、それだけで少し世界が広がる気がするんです」

トークは解説ではなく、感じたことを言葉にしたくなる“場”をつくっているのでした。

敷居を下げるって、こういうこと

社会的なテーマを含む作品を扱うときも、田口さんはあくまで観客の目線に立ちます。

「課題の中心にいる人が声を上げ続けることは本当に大切です。でも、外側にいる多数の人にどう届けるかも同じくらい大事。僕は、その“外側の人たち”に向けて、少しでも届く言葉を探したいんです」

映画を通して社会に何かを伝えるというより、「知らなかったことに出会うきっかけをつくる」こと。
それが、キノマドの上映会を形づくる大切な想いです。

春の15度と秋の15度は違う―“温度”を言葉にする人

田口さんと話していると、ふとした言葉が心に残ります。

「春の15度と秋の15度、同じ温度でも全然違って感じますよね。春は夏に向かって暖かくなる期待の温度。秋は冬に向かって少し切ない温度。この現象に名前をつけるとしたら、何がいいですかね?笑」

田口さんは“数字の裏にある体感”を、丁寧に言葉にしていました。
それは、上映の前後で田口さんがお話しする感想と通ずるものがあるようにA.Tは感じます。

「キノマド」として活動してから10周年にあたる2024年にロゴをリニューアル

偶然?キノマドのロゴと温度の関係

キノマドのロゴには「度(°)」のモチーフがデザインされています。

デザイナーによれば「札幌の映画カルチャーの温度を上げ、さまざまな角度から映画を紹介していくことを表現している」とのこと。

「15度の話も、このロゴも、つながった感じがして不思議ですね。笑」

田口さんは、偶然の一致に嬉しそうに笑いました。
「キノマド」という名は、まさに田口さんそのものを表しているようです。

最初は、ただ挨拶をしただけ——田口さんとA.Tの出会い

A.Tが田口さんと最初に出会ったのは、「北海道で最も誰かに伝えたい100人」というコミュニティ型トークイベント。
A.Tはその運営メンバーの一人として参加しており、スピーカーとして登壇した田口さんとは、当時シアターキノの話を少しだけ交わしたことを覚えています。

そのときはまだ、互いの活動が交わっていくとは想像もしていませんでした。

「野外上映×ブックフェア」イベント@札幌パルコ屋上―PARCO TOP CINEMA 2025「The Other Side of Romance」/屋上のブックフェア-空の下の一箱古本市-

本格的に関わることになったのは、9月に札幌パルコの屋上で開催された「野外上映×ブックフェア」イベント。
田口さんが声をかけたのは、本好きとして知られるY氏。
そのY氏は、A.Tとも親しい人物でした。
Y氏から「手伝って!」と声をかけていただき、A.TはSNSを中心に広報をサポートすることに。
このイベントを通じて田口さんは、「ブックイベントと上映会の相性」に大きな可能性を感じたと語ります。

「昼間の時間帯って、上映までの待ち時間があるんです。そこに“もうひとつの楽しみ”があると、その日全体がもっと豊かになると思って。でも、飲食の出店は準備のハードルが高くて…。そんなときに、Y氏たちと出会って『本ならできるかも』と感じたんです」

こうして始まった「映画×本」のイベントでしたが、最初は正直、集客への不安もあったといいます。
SNSでの発信にも限界があるし、天候にも左右される野外イベント。
それでも当日は、途切れることなく多くの人が訪れ、出店者と来場者の本を介した会話が絶えませんでした。

「お客さんが、ただ“買う”だけじゃないんです。出店者の方と『この本はこんな内容で』『どうして選んだのか』って話し込んでいる。ほとんどの方が、自然にコミュニケーションを楽しんでいました」

「巻き込む」というより「巻き込まれ合う」

田口さんは、「凹場(anaBa)」(札幌市中央区北2条西4丁目 北海道ビルヂング跡地)での野外上映イベントの企画が持ち上がったタイミングで、迷わずY氏やA.Tにも声をかけてくれました。

A.Tは、「田口さんの行動力がすごい!」とお伝えしたところ、ご本人はこう言います。

「いや、僕の行動力というより、巻き込まれ力の高い仲間が多いんです。声をかけたら『おもしろそう』と一緒に動いてくれる人がいる。ありがたいことですよね」

謙虚で、どこか照れくさそうに笑う田口さん。
でも、その“巻き込まれ合い”の中心には、いつも田口さんがいます。

主役はあくまで作品

これからさらに、映画×○○など、新しい企画や挑戦を続けていくのかと尋ねると、意外な答えが返ってきました。

「どんなに場所が素敵でも、主役はあくまで作品です。“すごい場所だった”で終わるより、“あの映画が心に残った”で終わってほしい」

イベントの派手さではなく、作品への敬意。
そのバランス感覚が、キノマドらしさをつくっているのだと思いました。

凹場(anaBa)での新しい挑戦

次なる舞台は、札幌の新しい屋外スペース「凹場(anaBa)」。

田口さんが再びY氏や他の本好き仲間たちとともに「野外映画×ブックフェア」のイベントを企画し、A.Tも広報として関わります。

「昼は本の世界を楽しんで、夜は映画で温まってもらえたら。寒くなりそうなので、温かいドリンクやホットワインも用意しています。作品の中の音楽も魅力なので、寒い夜でも楽しめると思います。軽い気持ちで来てもらえたらと思います」

都市の真ん中で、映画と本が重なる一日。
スクリーンの光が、まちと人の体温を上げていきます。

イベント情報

凹場シアター(anaBaシアター)

上映作品『ブルース・ブラザース』(字幕) (1980年/アメリカ/133分)
日時2025年10月14日(火)18:30上映開始
場所SAPPORO CULTURE FARM/凹場 anaBa
(札幌市中央区北2条西4丁目 北海道ビルヂング跡地)
料金無料
同時開催凹場のブックフェア(11:00〜)
私設図書館 祝日
一箱古本市(N.BOOKS)
主催一般社団法人SAPPORO PLACEMAKING LABO、キノマド
協力私設図書館 祝日、N.BOOKS
注意事項※荒天の場合、中止となります。
※敷物、イス、防寒着のご持参を推奨いたします。
※飲食物のお持ち込みは可能ですが、ぜひ会場内の飲食店もご利用ください。
 会場内店舗:HIGUMA Doughnuts(ヒグマドーナツ)
 その他、クラフトビール、ホットワイン、おしるこ等の販売を予定しています。
※中止の場合、当日17:00迄に各SNSキノマドアカウント(instagramFacebookX(旧twitter))にて告知いたします。

編集後記

A.Tは、田口さんとお会いするたびに、気になっていたことがありました。
――「いつもボーダー柄の服を着ている…!」ということ。

今回、その理由をついにご本人から伺うことができました(笑)

「もともとボーダーは好きだったんですけど、しばらくあまり着ていなかったんですよね。深い意味はないのですが、せっかくなら少しでも印象に残ればいいなと思って」

「とりあえずボーダーを着ておけば、お洒落に見えるじゃないですか?笑」

そう照れくさそうに笑う姿が印象的でした。ご自宅にはすでに、何枚ものボーダー服があるのだとか。今後イベントなどで田口さんを見つけるときは、ぜひ「ボーダー柄」を目印に探してみてください!

取材・文・写真:michimichi編集部員A.T

プロフィール

キノマド

札幌を拠点に活動する自主上映グループ。多様な作品を、地域や空間に合わせたスタイルで上映。映画館でも自宅でもない場所で、人と映画が出会う時間をつくっている。

ライター情報

A.T

michimichi編集部員。写真を撮るために一眼カメラを持って森へ出掛けるくらいエゾリス&エゾシマリスが好き。生粋の道産子女子。

この記事をシェア

URLをコピーしました!